時の谷間で何か飲みながら、ふと振り返る日常のあれこれ
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JAM
ドームの会場で見ることが出来なかった人にもこの「吉井和哉の中原繁さんへあてた
メッセージ」を読んで貰いたい。

20050328190434s.jpg


中原繁
コロムビアレコード時代のプロモーション担当で、自分と同じ年で生きていたら38歳。

イエローモンキーがデビューした時から会社にいたが、大学を卒業したてでまだアルバイトだった。2ndアルバムのエクスペリエンスムービーぐらいから、正式に社員になりイエローモンキー専属になった。本来THE CLASHやブルーハーツとかパンクが好きで、酔うとスッポンポンになり、よくリンダリンダを熱唱していた。当時のイエローモンキーは、あのとおりナヨナヨしていたので彼の中では(?)だっただろう。最初はお互い探り合いながらの関係だったが、日に日に意気投合していった。取材現場に彼が来るとみんなとてもうれしそうだった。92年から2年5ヶ月続いたFMの深夜放送も欠かさず来てくれて(酔っぱらってる時も多々あったが)場を盛り上げてくれたので、本来苦手だったはずのラジオで喋ることもどんどん楽しくなった。3時で生放送が終わり、そのあと朝の7時ごろまでよく飲んで、「今度はこんなことやろうぜ」とどんなことだったか忘れるほどいつもベロベロだったが、少しづつ夢が近づいて来ていることを、店を出て朝を迎えている銀座の裏通りで、感じていた。

ある日自分が抱いている不条理を、全部紙に書いてそれに曲を乗せた7分近いバラードを作った。社会的なこと、プライベートなこと等、思うことを遠慮なく全部書いた。今ならそのまま世に出せるが、当時はそういうわけにはいかなかった。少しづつ詩を削っていき、5分ちょっとの曲になった。録音したその曲を聴いて彼が言った。「これは代表曲になるよ。会社の上の人間がなんて言おうが、オレが絶対売ってやるよ!」と。「JAM」という自分の子供が正式に認知されたようで、とても嬉しかった。

「JAM」でミュージックステーション出演の話が来た。しかし歌番組に出ると、曲を3分台にされてしまうので、「絶対出ない」とプロモーターである彼に食ってかかった。困らせたくはなかったが、それだけは譲れなかった。しかし後日、彼の執念と人柄だと思うのだが、異例の“5分”という枠を取ってきてくれたのだ。「歌詞がある部分は全部歌えるよ!」と。
その瞬間からイエローモンキーは色々なものを次々とつかみ始めた、、。

野生の照明というツアーの最終日、LIVEが終わったあと、楽屋に来た彼とすかさず握手をして抱き合った。
「おつかれ、ありがとう、、」と言って2人で泣いた。既にレコード会社移籍が決まっていた。

コロムビアを移籍する時、「うちの事務所に来ないか?」と誘った。しばらく考える時間をくれと言った彼の数日後の答えはNOだった。
「親であるレコード会社を裏切れない。新しいバンドを見つけて絶対成功させる。見つけられたらオレの勝ち、見つかんなかったらオレの負けだよ」と、半分冗談、半分殺気ある表情で笑って言った。今思えば自分もそこからシフトが変わった。
その後、彼はミッシェルガンエレファントを、プロモーター的にも大ヒットさせた。
彼は勝ったんだ。

2000年の3月18日イエローモンキーのメンバーに事務所に集ってもらい、自分は「もうやめたい」と告げたあの日。
話をし終わり、しばらく沈黙が続くと事務所の社長宛に、1本の電話が鳴った。中原が出張先の宮崎で死んだという知らせだった。
レコーディングエンジニアの山口州治さんからだった。過労とストレスと暴飲暴食が原因による大動脈瘤破裂。宮崎の野口記念館で、アマチュアバンドのコンテストが行われていて、ゲストが中原の担当する新人アーティストだった。
彼は会場内のトイレで倒れている所をスタッフに発見された。
その時ステージ上の音を流すためにトイレに設置されているスピーカーから、奇しくもアマチュアバンドがコピーしたJAMが流れていたとその後スタッフから聞いた。嘘のようなタイミングだが、本当の話だそうだ。

その訃報を聞いて事務所でのミーティングは「とりあえず活動休止ということにして、少し休もう。」ということになり、終わった。
彼がイエローモンキーの解散をその時止めたのかも知れない。

でも中原、ごめんな。

中原、最近取材なんかで、俺たちに影響を受けたっていう若くて有名なミュージシャン達と話すと
みんな「JAMは最高ですよ」って言ってくれるんだよ。
俺たちの夢は大成功したんだよ。

中原、またいつか一緒に飲もうぜ。

吉井和哉
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【2005.01.06】 THE YELLOW MONKEY // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)












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